三輪

 

絵を描く前に、旅をした。

奈良の大神神社に行った。

 

ご神体である三輪山に入る前、山を守る神社の方に厳重でとても長い注意を受けた。

聞いている間、怒られているかなしい小学生の気持ちになってしまい、

「山入るのやめますって言えば楽になれるかな…」なんてわたしは考えていた。

あとで友人に

「横にいたMARUUさんの気持ちが、みるみるしぼんでいくのがわかった。

山入るのやめるって言い出すんじゃないかと思った」

と、冷静に言われた。

 

けっきょく三輪山、はいった。

とてもきれいな、すごくいい場所だった。

東京にいるときは、くるくるっと身の内に丸めて畳んで

あまり外に触れないようにしているアンテナを、

ここでは思う存分のびのびとのばしていいんだ〜

天日干ししていいんだ〜

風にあてていいんだ〜

という、開放感があった。

そのあと食べた素麺も美味しかった。

通りすがりに出会った、素麺の木箱をつくってた職人さんのおばちゃんも、

気さくで明るく、我々に冷えたジュースまでくれて、うれしかった。

喜多美術館も、いろんな意味ですごい、興味深い場所だった。

公民館の休憩所のようなロビーで

「ふう、つかれた」とベンチに座ろうとしたら

イサム・ノグチの彫刻作品だったりした。

そこで展示されていた友人の絵、よかった。

いい旅だった。