みゆきさん

 

みゆきさんは本名を如月塚美幸さんという。

本職はエステティシャンだったらしい。

若い頃は顔も体もたいへん綺麗な人だったということだ。

 

だけどある日をさかいに、みゆきさんは全裸で走り出すようになったので、

人々はみゆきさんを恐れ、大人は子どもを戒める意味で

「悪いことをする子のとこには、みゆきさんがくるよ」

とまでいうようになった。

実際のみゆきさんは、子どもにも大人にもさして興味がない風で

ただ、バリバリと毎日全裸で走るのみだったけど。

 

みゆきさんの一日は真夜中、ねんいりにストレッチをすることからはじまる。

そして朝陽がのぼるとともに、山を越え谷を越え

西川口のラブホテルの地下通路を抜け

山田さんちの猫通路を抜け、かつてみゆきさんのことが好きだった

片桐くんが今は店長を勤めるカタギリ弁当店の幕の内弁当の支給を受けとり、

ムシャムシャとメシをかっこみながら皇居まわりを走り、

東京タワーのまわりを百一ぺん回って走り、

夕方の赤羽で、てきとうな店のおっさんから酒と焼き鳥の支給を受けとり、

それをガブガブと飲み食いしながら、ふたたび山田さんちの猫通路を抜け、

西川口のラブホテルの地下通路を抜け、

谷を越え、山を越え、自分のねぐらへと戻ってゆく。

 

そのルートがかつて少しでもズレたことはないし、

みゆきさんは、時計をもたないのにいつも時間には正確なのだという。

 

わたしはいつも夜7時すぎに、うちの前を全速力で

山の方へ走り去っていくみゆきさんを見ることを日課にしている女子高生だ。

 

子どもの頃は、そんなみゆきさんを見るのが

恐くて恐くてしょうがなかったけど、今は平気だ。

ときどきは2階の窓から「みゆきさん」と

わたしは声をかけるようにしてるくらいである。

でも、みゆきさんがそれに反応したことはない。

 

このあいだは初めてうちに来た彼氏に、走るみゆきさんを見せてあげた。

みゆきさんはもうけっこうな歳だし、しかも全裸だから

おっぱいの垂れがはんぱない。

それが走るたび、びゅんびゅん揺れるのを見るのが

わたしとっても好きなのである。

走りこみすぎで、筋肉質で、他はけっこう若い体なのも、おもしろい。

などといろいろと解説してたら、彼氏はすごくいやがって、

変なかんじになってしまった。

なによりニコニコしながら「あの人が、みゆきさん」って

身内を紹介するみたいだったわたしが気味ち悪かったらしい。

そのあとすぐ別れたけど、あの男、たいしたことなかったと、いまでは思う。

 

わたしは、走るみゆきさんが好きなんだと思う。

なんでかときどき、わたしはみゆきさんの子どもなんじゃないか?って

思うときがある。理由は、ないけど。

走り去っていくみゆきさんの背中に

「おかあさん」って声をかけたこともある。

反応があったことは、やっぱりないけど。

 

今は、真夜中のおわりごろ。そろそろ朝陽がのぼってくる。

きっとみゆきさんは今頃、走る前のストレッチをしている。

 

今日も、新しい一日がはじまる。