Nanosh 壁画制作日記

4月1日。

藤沢へ。Sさんの車に乗って内装工事中の Pain de Nanosh 藤沢店へ。

そこのパンを焼く窯を覆う漆喰の壁に絵を、との依頼をいただく。

壁は、思っていたよりも真っ白で、大きくて、まん丸で、圧倒された。

高さ2.7m、幅は3mちょっと。

ドガガドガガと、内装工事はまだまだ真っ只中。

制作に入るのは1週間後なので、それまでにラフと、

同時にショップカードのイラストを描き上げる。

合間に、こんなに大きな画面に描くのは初めてなので

画材屋で大量のガッシュと大きな筆なども買い込む。

 

4月8日。

道具一式を段ボールに詰め込み、カートをガラガラとひいて、藤沢へ。

夕方着。

落ち着く間もなく鉛筆で下描きを始める。

要の、一番気を張る作業。

終電ぎりぎりまで作業するつもりだったが、

疲れてしまい19時過ぎには帰った。

駅まで車で送ってくれたSさんに「今日は何も掴めませんでした」

などと弱音をはく。

その日は、ごはんも食べず寝た。

4月9日。

テレビで観た草刈民代の真似をして、朝からバリバリとアボカドサラダを作り、

もりもりと食べた。

制作期間中は、出来るだけ身体に負荷のかからない食事をこころがけた。

体力勝負なので。

 

9時半着。

店に入ってすぐ目につく場所から色入れ。

脚立に乗って色を塗る作業が、思っていたよりも大変ということが、わかった。

まず、考え無しの私は、ぶわっと斜めに、派手に、筆を漆喰に走らせてしまう。

すると、だらーっ!と色水が垂れまくった。

大失敗。

あわてて、無言で脚立をすばやく降り、タオルのある場所まで走る。

再び速攻で脚立を登って、垂れた色水をタオルでガンガン叩き拭き取るも、

漆喰の色の吸い込みは、早い。

そして、一度色を吸い込んだ漆喰は、もうどうやっても真っ白くはならないのである。

「人生のようだ」

と、ふと哲学したくもなるというものである。

そうやって泣きそうになりながら、漆喰という素材を学んだ。

 

そのうち、色をもっと複雑に重ねたい、と思うようになる。

脚立を下り、別の色皿をもって再び脚立に上がり、塗る。

水が足りないので、再び脚立を降りて、筆をバケツにつっこむ。

さっき塗ったところが乾かぬうちに、早く水分を継ぎ足さねば、と焦る。

その間、乾いたと思っていた、塗った箇所から

ダラダラと静かに色水が垂れ落ちている。

ふりかえり、ハッとそれに気づくや、あわててタオルを持って

再び脚立にガチャガチャと登る。

 

などの作業を、ひたすらにくりかえすこと、1時間。

すぐ音を上げ、近所に住む友人にメールを打った。

「アシストしてくれる人が必要だった!今すぐ来れない?」

友人は来れなかった。

しかし、本当に大変だったのはその日の午前中までで、

そのあとは次第に慣れていった。

漆喰という素材に適した水の分量の読みと、

絵を見るため近くと遠くを行ったりきたりすることと、

神経をつかう脚立の上り下りと、

曲芸のように複数の色皿を持ちながら、色を重ねてゆくことに。

「人はどんな状況にも慣れる生き物である」

つい哲学もしたくなるわけである。

夜、ここまで進んだ。

だいぶ進んだように、このときは思った。

嬉しくて、携帯でバシャバシャと写真を撮り、帰った。

「私っててんさい」とニヤニヤ笑いながら。

4月10日。

9時半現場着。

 

「あ、終わらない」

昨夜だいぶ進んだと思ったにも関わらず、

ニヤニヤ笑っていたにも関わらず、

朝の光の中でしろじろと佇む漆喰を見た瞬間、

雷に打たれたように、そう思った。

一転、奈落の底へ。

この現場にはあと2日間しか私は来れない。

 

速攻で、バイト先の人々にメールを打ちまくる。

「急ですみませんが、明日のシフトどなたか貰ってください

絵の仕事が終わらなそうなんです」

 

しかし絵を描く段階になれば焦りは奥に押しやり、

ひたすら眼前の成すべきことをするまで。

「終わらない仕事はない」

と語った友人の言葉を思い出す。

「あたし、今生きてる」とも痺れたように思う。

望まれて仕事があることは、なによりしあわせなことだ。

午前中は、天井近い真ん中部分に大きなピンクの花を描く。

それを描くことでだいぶ、絵が「かわいい」「まとまった」ものになった。

あの花を描くことは良かったのかどうか、今でも判断つきかねる部分。

 

午後、「シフト貰えます」とバイト先の同胞からメールあり。

脚立の上で一人、無言でガッツポーズをとる。

そうとわかるや、明日も来れるのだからと夕方には早々に引き上げる。

私は極力無理はしない。

大変自分にやさしい人間だとこういうとき、思う。

4月11日。

9時半現場着。

 

お婆さんのワンピースから着色を始めた。

きれいな朱色を塗り終わり、遠くから離れて見た瞬間に、確信した。

「(たぶん)成功した」と。

 

絵は、最初が一番よくて、あとはどんどん失敗を重ねていくもので、

それがあるとき全てを覆すほど成功するポイントがあって、

あとはそれを軸に全体をどうボトムアップさせていくかだ、と私は思っている。

 

なので、お婆さんのワンピースが成功した時点で、

この絵は殆どが終了したといっていい。

午後、セブンイレブンの100円珈琲で一人、ひっそりとお祝い。

嬉しくてつい水木しげるの漫画も買ってしまう。

ついでに近所のきもちのいい小さな公園で昼寝もしてしまう。

この日も、夕方には早々に引き上げた。

4月12日。

9時半現場着。

 

本当はこの日が作業できる最終の日だったが、

急遽来週も数日来て良い、ということになったので、

きもちはことのほか楽になった。

しかし、気を緩めてはいけない。最終の調整に入る。

 

午後から友人が手伝いに来てくれた。

店に入ってくるやいなや

「かわいいっ…かわいいねっ!」

と体いっぱいに感嘆してくれて、

その瞬間、どさーっ!と、抱えていたプレッシャーや不安が

背中から肩から落ちていくのが、わかった。

うれしさに、ぼうっとした。

大声で、ペラペラと今までの制作過程を友人に話し、

すると作家である友人はくまなく、わかってくれた。

 

そのあと友人には、花を2、3輪描き足してもらった。

彼女は画家なので勘が鋭く、漆喰素材の習得は私より何倍も早かった。

同業の友人、本当にありがたい。

かなり早い夕方には、引き上げた。

藤沢MOKICHIで美味しい麦酒と日本酒。

4月15日。

9時半到着。コツコツと調整を進め、「ちょっと描き過ぎたかもしれない」

を過ぎた頃に、ストップした。

 

午後早くに、完成した。

 

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こんなに呑気で平和な絵を描いてるくせに、

制作者は製作中いろいろ考えてるものなのですね

という、日記でした。

この過程が一番、面白いなあと思ったので公開します。

 

絵はもう、私の手を離れたので、あとはお店のみなさんやお客さんが、

それぞれの想いや物語をこめていってくれたらいいなと、思うばかりです。

なによりナノッシュ藤沢店が、愛される和やかな店になりますよう、願っています。

ほんとにパン、美味しいのですよ〜

 

貴重な機会をくださり、サポートしてくださった建築家の柴原さん、ナノッシュの店主さん、

関わってくださった全ての方々に厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました。

 

4月25日 M A R U U